E.O.ウィルソンは社会生物学を「全ての生物の社会的行動の生物学的基礎の体系的な研究」と位置づけた。しかし社会行動の研究全てが社会生物学と呼ばれるわけではない。社会生物が扱うのはそのうち進化に関わる部分である。ウィルソンは動物行動学をはじめ生物の行動に関する研究は究極要因を解明する社会生物学と、神経行動学などの至近要因を解明する分野に二極化すると予測した。ここには動物だけでなく植物や微生物の行動、習性も含まれる。ウィルソンは「社会」を相互作用する同種個体の関係と定義したが、異種個体間の相互作用(ハンディキャップ信号のやりとりなど)も研究対象である。またヒトも明確に研究範囲に含めたが、通常はヒトの行動の進化は人間社会生物学、人間行動生態学、ヒューマン・エソロジー、進化心理学など異なる分野として扱われる。現在では行動の分子的な基盤や、至近メカニズムの解明と進化理論の統合の試みも進んでいる。
社会生物学と行動生態学
社会生物学と行動生態学はほぼ同様の理論を用い生物の社会行動の進化を解明する。従って多くの場合この二つの分野は同じものと見なされる。しかし研究者によっては厳密に使い分けることがある。行動生態学という呼称は主にイギリスの生物学者に好まれた。社会生物学という呼称が社会進化論と混同されやすいこと、後述する社会生物学論争によってネガティブなイメージが定着したこと、ウィルソンの個人的な定義への反発(ウィルソンは群選択を認め、また心理学や社会学も社会生物学の元で統一可能であると論じた)などが原因であった。一方で行動生態学を生態学的ではない側面も扱えるように社会生物学と呼び変えるよう提唱されたこともある。リチャード・ドーキンスやW.D.ハミルトンはこの分野をエソロジーの一分科、機能的エソロジーと呼んだ。機能的とはニコ・ティンバーゲンの用語で進化的機能という意味である。
ハミルトンが提唱した血縁選択説のルーツは、ロナルド・フィッシャーとJ・B・S・ホールデンの示したアイディアまで遡ることができる。しかしハミルトンが理論的な枠組みを完成させたことで、この説は進化生物学に大きな転換をもたらした。本来はアリやハチなど社会性生物に関する理論だったが、ジョージ・ウィリアムスやE・O・ウィルソン、リチャード・ドーキンスらによって、より幅広く、様々な生物の社会性の進化に適用できる理論であることが示された。
血縁淘汰説、ESS理論などの考え方を、一部の昆虫だけでなく様々な生物の形質に適用できる一般的な理論だと考え、更に先鋭なスタイルで表現したのが、リチャード・ドーキンスである。彼は、1976年に発表した「利己的な遺伝子」や「延長された表現型」(1982年)などの著作でこの考え方を広めた。この考え方は遺伝子中心視点主義と呼ばれるようになった(日本では利己的遺伝子論と呼ばれることが多い)。
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自然選択の実質的な単位は、それが固体であれ群れであれ、たとえ何であっても常に利己的である。自己の適応度を高め、他者の適応度を低めるような性質を持っていなければ自然選択によって排除されるためである。先の血縁淘汰説があきらかにしたのは自然選択で選ばれている実質的な単位は遺伝子だということである。遺伝子は細胞の機能を介して生物の形質を作り上げる。生物たちは、その機能をもって競争し、競争に勝ったものだけがその子孫をのこし、それが進化をもたらす。ドーキンスは遺伝子が自分の作った生物個体という名の生存機械を使ってサバイバルゲームを演じている、と表現した。
この論理は生物学だけでなく社会一般に大きな衝撃を持って迎えられた。その表現のスタイルは、ウィルソン「社会生物学」の大胆な展望とともに激しい論争を引き起こした。特に利己的遺伝子という比喩表現は広く誤解を受けた。利己的遺伝子とは、遺伝子が利己的な考えを持っているという意味ではなく、また個体が常に自分勝手だという意味でもない。ただ単に自然選択の単位が遺伝子であることを表しているに過ぎない。1960年代から始まった社会生物学は急激にその論旨を展開していったが、現在では遺伝子中心視点主義は広く受け入れられている。