2009年06月22日

社会行動の研究全てが社会生物学と呼ばれる

E.O.ウィルソンは社会生物学を「全ての生物の社会的行動の生物学的基礎の体系的な研究」と位置づけた。しかし社会行動の研究全てが社会生物学と呼ばれるわけではない。社会生物が扱うのはそのうち進化に関わる部分である。ウィルソンは動物行動学をはじめ生物の行動に関する研究は究極要因を解明する社会生物学と、神経行動学などの至近要因を解明する分野に二極化すると予測した。ここには動物だけでなく植物や微生物の行動、習性も含まれる。ウィルソンは「社会」を相互作用する同種個体の関係と定義したが、異種個体間の相互作用(ハンディキャップ信号のやりとりなど)も研究対象である。またヒトも明確に研究範囲に含めたが、通常はヒトの行動の進化は人間社会生物学、人間行動生態学、ヒューマン・エソロジー、進化心理学など異なる分野として扱われる。現在では行動の分子的な基盤や、至近メカニズムの解明と進化理論の統合の試みも進んでいる。

社会生物学と行動生態学
社会生物学と行動生態学はほぼ同様の理論を用い生物の社会行動の進化を解明する。従って多くの場合この二つの分野は同じものと見なされる。しかし研究者によっては厳密に使い分けることがある。行動生態学という呼称は主にイギリスの生物学者に好まれた。社会生物学という呼称が社会進化論と混同されやすいこと、後述する社会生物学論争によってネガティブなイメージが定着したこと、ウィルソンの個人的な定義への反発(ウィルソンは群選択を認め、また心理学や社会学も社会生物学の元で統一可能であると論じた)などが原因であった。一方で行動生態学を生態学的ではない側面も扱えるように社会生物学と呼び変えるよう提唱されたこともある。リチャード・ドーキンスやW.D.ハミルトンはこの分野をエソロジーの一分科、機能的エソロジーと呼んだ。機能的とはニコ・ティンバーゲンの用語で進化的機能という意味である。

ハミルトンが提唱した血縁選択説のルーツは、ロナルド・フィッシャーとJ・B・S・ホールデンの示したアイディアまで遡ることができる。しかしハミルトンが理論的な枠組みを完成させたことで、この説は進化生物学に大きな転換をもたらした。本来はアリやハチなど社会性生物に関する理論だったが、ジョージ・ウィリアムスやE・O・ウィルソン、リチャード・ドーキンスらによって、より幅広く、様々な生物の社会性の進化に適用できる理論であることが示された。

血縁淘汰説、ESS理論などの考え方を、一部の昆虫だけでなく様々な生物の形質に適用できる一般的な理論だと考え、更に先鋭なスタイルで表現したのが、リチャード・ドーキンスである。彼は、1976年に発表した「利己的な遺伝子」や「延長された表現型」(1982年)などの著作でこの考え方を広めた。この考え方は遺伝子中心視点主義と呼ばれるようになった(日本では利己的遺伝子論と呼ばれることが多い)。
ハンドボール
ジーンズ
衛星
フラダンス
白地図
計算化学
茶道
フットバッグ
年金
船舶工学
免疫学
フードテーマパーク
生活習慣病
映画史
スクエアダンス
化学工学
ストリートダンス
地球
人形劇
生態系

自然選択の実質的な単位は、それが固体であれ群れであれ、たとえ何であっても常に利己的である。自己の適応度を高め、他者の適応度を低めるような性質を持っていなければ自然選択によって排除されるためである。先の血縁淘汰説があきらかにしたのは自然選択で選ばれている実質的な単位は遺伝子だということである。遺伝子は細胞の機能を介して生物の形質を作り上げる。生物たちは、その機能をもって競争し、競争に勝ったものだけがその子孫をのこし、それが進化をもたらす。ドーキンスは遺伝子が自分の作った生物個体という名の生存機械を使ってサバイバルゲームを演じている、と表現した。

この論理は生物学だけでなく社会一般に大きな衝撃を持って迎えられた。その表現のスタイルは、ウィルソン「社会生物学」の大胆な展望とともに激しい論争を引き起こした。特に利己的遺伝子という比喩表現は広く誤解を受けた。利己的遺伝子とは、遺伝子が利己的な考えを持っているという意味ではなく、また個体が常に自分勝手だという意味でもない。ただ単に自然選択の単位が遺伝子であることを表しているに過ぎない。1960年代から始まった社会生物学は急激にその論旨を展開していったが、現在では遺伝子中心視点主義は広く受け入れられている。

2009年06月05日

選挙区の定数も、方法毎に異なる

小選挙区制や大統領選などは、一つの選挙区から一人しか当選者を出さない。
比例代表制や大選挙区制などは、投票者間の意見の相違・勢力比を再現できるように、複数の当選者から成る集団を構成する。
大選挙区制では、当選者間の意見の相違があまり違わないように選ぶ制度(block voting=完全連記制や、block approval voting(approval votingの単純な拡張))もある。第一党による議席独占が起こりやすくなり、区割りの数の減少により少数代表の性質が薄れる分だけ、小選挙区制以上の多数代表制となるとされる。

選挙方法の良し悪しを判断するための様々な観点が知られている。
住まい アロマ 健康食品 セミナー 通信販売 パソコン 交通 インプラント 中国四国 美容 信託 グルメ 興信所 料理 美容整形 成人病 文房具 海外留学 動物園 学習 宿泊施設 豊胸 投資 養毛 設計施工 趣味 成人病 家具 多汗症 食品 ステイ 成人病 ショップ 外国語 旅館 通信教育 北海道東北 脂肪吸引 金融 美容 人探し 癒し 成人病 お祝い 多汗症 不用品 英会話 生活雑貨 楽器教室

単記非移譲式投票は分かりやすいが、デュヴェルジェの法則により治者と被治者の自同性(民主主義)が損なわれる。優先順位付連記投票・単記移譲式投票はデュヴェルジェの法則を避けられるが、分かりにくく開票作業が大変。Approval votingはデュヴェルジェの法則の動作原理である戦略投票を逆手に取る上に、理解しやすく開票しやすい制度だが、比例代表には使いにくい。

小選挙区制は有権者との距離が近くなり、補欠選挙が行いやすい長所があるが、ゲリマンダーが発生しやすく地域エゴが国政に持ち込まれやすい短所がある。大選挙区制はゲリマンダーや地域エゴを抑制できる長所があるが、有権者との距離が遠くなり、補欠選挙が行いにくい短所がある。

多数代表は民意に政治的決断を迫る故に、切り捨てられた民意=死票が多い。死票が少ない比例代表制は、民意を詳細に再現するために、議会が無所属・小党乱立になり政治的混乱を招く恐れがある。また比例代表制は名簿の拘束力が高いほど候補者と有権者の距離が遠くなる。

アローの不可能性定理により、常識的とされる項目全てを実現する選挙方法は存在し得ないことが証明されている。このため、各選挙制度はその利点と欠点とを考慮して、適する用途に適用される必要がある。

2009年05月01日

徳川家光

德川 家光(とくがわ いえみつ)は江戸幕府の第三代将軍(在職1623年 - 1651年)。二代将軍秀忠の次男(嫡男)。母は浅井長政の娘で織田信長の姪にもあたる江。乳母は春日局(福)。乳兄弟は稲葉正勝、稲葉正吉、稲葉正利。

徳川十五代将軍の内、(父親の)正室の子は、家康・家光・慶喜の三名のみ。またさらに将軍の正室(御台所)が生んだ将軍は家光のみ。

ジュラルミンショッピング買物COM
ビジネススクール・セミナー関連学習対策ネット
デートスポット・地域産業関連宿泊タウンネット
シエルフ美容・コスメショップ総合
モンキープランツ マネー経済ガイド
オヒメ生活紹介ナビ
アン・リーブル健康・医学倶楽部サーチ
スタディ買物王紹介
セミナー・パソコン教室関連教育対策全国情報ガイド
交通地図・海外・国内関連旅行タウンネット

慶長9年(1604年)7月17日、徳川秀忠の次男として江戸城に生まれる。徳川家の世継であった父・秀忠には慶長6年に誕生した長男・長丸がいたが、既に早世していたため世子として扱われ、祖父・家康と同じ幼名竹千代を与えられた。誕生に伴い、明智光秀家臣・斎藤利三の娘である福(小早川家家臣稲葉正成室、のちの春日局)が乳母となり、稲葉正勝・松平信綱らの小姓が付けられる。

慶長10年(1605年)、家康は秀忠に将軍職を譲位して大御所となる。幼少時の家光は病弱で、吃音(きつおん)があり容姿も美麗とは言えなかったと言われる。慶長11年(1606年)に弟・国松(後の忠長)が誕生する。家光と忠長の間には世継ぎ争いがあったとも言われ、『武野燭談』に拠れば、秀忠らは忠長を寵愛しており、竹千代廃嫡の危機を感じた福は駿府の家康に実情を訴え、憂慮した祖父・家康が長幼の序を明確にし、家光の世継決定が確定したと言われる。これらは家光死後に成立した巷説(こうせつ)であるが、同時代史料の検討から、家光の世継決定は元和年間であると考えられている。

元和2年(1616年)5月には、竹千代の守役として酒井忠利・内藤清次・青山忠俊の3人が家光付けの年寄となり、9月には60数名の少年が小姓として任命され、家光の年寄衆・家臣団となる。元和3年には西の丸へ移り、元和4年には朝廷の勅使を迎えており、公式の場への出席が見られる。元和2年(1616年)の家康が死去で延期されていた元服は元和6年(1620年)に済ませ、竹千代から家光に改め、従三位権大納言に任官する。「家光」の名乗りは崇伝の選定。当初は「家忠」とされたが、花山院家祖の名乗りであったことから、「家光」が選ばれた。

元和9年(1623年)には死去した清次の穴埋めとして酒井忠世・酒井忠勝が年寄として付けられる。同年6月には父秀忠とともに上洛し、7月27日に伏見城で将軍宣下を受け、正二位内大臣となる。後水尾天皇や入内した妹和子とも対面している。江戸へ戻ると、秀忠は江戸城西の丸に隠居し、家光は本丸へ移る。家光の結婚相手としては黒田長政の娘との噂もあったが、元和9年(1623年)8月には摂家鷹司家から鷹司孝子が江戸へ下り、同年12月には正式に輿入れする。

2009年04月17日

オルレアン派とブルゴーニュ派の対立

イングランドの一連の内紛によって、フランスとイングランドとの和平交渉は早急にまとめられつつあった。1392年のリチャード2世、シャルル6世の直接会談(アミアン会議)の後、1396年3月11日にはパリにおいて、1426年までの全面休戦協定が結ばれた。

しかし、和平交渉はイングランドの内紛だけでなく、フランス国内の混乱によるためでもあった。幼少のシャルル6世の後見人となったアンジュー公ルイ、ベリー公ジャン、ブルボン公ルイらは、国王課税を復活させて財政を私物化し、特に反乱を起こしたフランドル諸都市を平定したブルゴーニュ公フィリップ(豪胆公)は、フランドル伯を兼任して力を持ち、摂政として国政の濫用を行った。これに対して、1388年、シャルル6世による親政が宣言され、オルレアン公ルイや、マルムゼと呼ばれる官僚集団がこれに同調して後見人一派を排斥するようになった。しかし、1392年、突如シャルル6世に精神錯乱が発生し、国王の意志を失ったフランス王国の事態は混迷する。

国王狂乱によって、ブルゴーニュ派とオルレアン派の対立は壮絶な泥仕合となった。当初、王妃イザボー・ド・バヴィエールの愛人であったオルレアン公が財務長官、アキテーヌ総指令となり国政を握ったが、ブルゴーニュ派はフィリップの後を継いだブルゴーニュ公ジャン(無畏公)によって1405年にパリの軍事制圧を行い、1407年11月23日にはオルレアン公ルイを暗殺して政権を掌握した。しかし、ルイの跡目を継いだオルレアン公シャルルの一派は、アルマニャック伯ベルナールを頼ってジアン同盟を結び、ブルゴーニュ派と対立した。両派の対立はついに内乱に派生し、ともにイングランド王軍に援軍を求めるなど、フランス王国の内政は混乱を極めた

イングランド・フランス統一王国 [編集]

ヘンリー5世の攻勢 [編集]
アルマニャック派と公式に同盟を結んだイングランド王軍は、1412年8月10日、ノルマンディーに上陸、ボルドーまでの騎行を行った。1413年3月21日、ヘンリー4世の死去によってヘンリー5世が即位する。ヘンリー5世は1414年5月23日にブルゴーニュ公と同盟を結び、12月にはフランス王国にアキテーヌ全土、ノルマンディー、アンジューの返還とフランス王位の要求を宣言した。

内紛によって動きのとれないフランス宮廷を尻目に、イングランド王軍は1415年8月12日にノルマンディー北岸シェフ・ド・コーに再上陸した。フランス王家は内乱によって全く有効な手立てを打ち出せなかったが、パリを制圧して国政を握っていたアルマニャック派は、進撃を続けるイングランド王軍に対して軍を派遣した。1415年10月25日、アジャンクールの戦いでフランス王軍は勢力差4倍以上の軍勢を揃えたが、全く足並みが揃わず大敗を喫した。オルレアン公シャルルは捕らえられ、アルマニャック派は弱体化したが、これに乗じてパリを掌握したブルゴーニュ派も対イングランドに対しては無力であった。1417年、フランス王軍を破って再上陸したイングランド王軍は、 ルーアンを陥落させてノルマンディー一帯を掌握した。

アングロ・ブルギーニョン同盟
この間、フランス王家はブルゴーニュ公ジャンがシャルル6世の王妃イザボー・ド・バヴィエール(「淫乱王妃」と呼ばれ、王太子はシャルル6世の子ではないと発言して王太子シャルルの王位継承を否定しようとした)に接近して王太子シャルルを追放した。ブルゴーニュ公ジャンは親イングランドの姿勢を見せていたが、イングランド王軍にブルゴーニュのポントワーズが略奪されるにおよんで王太子との和解を試みた。しかし、1419年9月10日にモントローで行われた会談において、王太子シャルルがブルゴーニュ公を惨殺したため、跡を継いだブルゴーニュ公フィリップ3世(善良公)はイングランド王家と結託し、1419年12月2日、アングロ・ブルギーニョン同盟を結んだ。

両陣営は度重なる折衝の末、1420年5月21日、トロワ条約を締結した。これはシャルル6世の王位をその終生まで認めることとし、シャルル6世の娘カトリーヌとヘンリー5世の婚姻によって、ヘンリー5世をフランス王の継承者とするものである。事実上、イングランド・フランス連合王国を実現するものであった。

国王代理である王太子シャルルとアルマニャック派はこの決定を不服とし、イングランド連合軍に抵抗するが、王太子シャルルの廃嫡を認めるトロワ条約は三部会の承認を受け、このためイングランドは着実に勢力を拡大した。

しかし、1422年8月31日、ヘンリー5世がヴァンセンヌにて急死し、10月21日にはシャルル6世が死去したため、事態は再び混迷しはじめた。イングランド王国はヘンリー6世を王位に就けるが、ヘンリー6世は前年の1421年に生まれたばかりの赤子であり、また、王太子シャルルは10月30日にシャルル7世を名乗り、ブールジュでなおも抵抗を続けた。

フランスの逆襲 [編集]

ジャンヌ・ダルクの出現
イングランド摂政ベッドフォード公ジョンは、アングロ・ブルギーニョン同盟にブルターニュ公ジャン5世を加え、ノルマンディー三部会を定期的に開催することによって財政の立て直しを計った。また、シャルル7世は、反イングランド勢力との同盟を結び、ブールジュでの再起を狙っていたが、イングランド側は、ロワール河沿いのオルレアンを陥落させ、勢力を一気にブールジュにまで展開する作戦を立てた。

これに対して、1429年4月29日、イングランド連合軍に包囲されたオルレアンを救うべく、ジャンヌ・ダルクを含めたフランス軍が市街に入城した。フランス軍はオルレアン防衛軍と合流し、5月4日から7日にかけて次々と包囲砦を陥落させ、8日にはイングランド連合軍を撤退させた。このオルレアン解放が今日、ジャンヌ・ダルクを救世主、あるいは聖女と称える出来事となっている。

オルレアンの包囲網を突破したフランス軍は、ロワール川沿いを制圧しつつ、ランスに到達し、シャルル7世はノートルダム大聖堂で戴冠式を行った。ジャンヌ・ダルクは、1429年、シャルル7世によりパリの解放を指示されるが失敗、1430年にはコンピエーニュの戦いで負傷、捕虜として捕らえられ、翌年5月31日に火刑に処された。

イングランドの撤退
1431年、リールにおいて、ブルゴーニュ公フィリップとシャルル7世の間に6年間の休戦が締結される。これを機にシャルル7世は、ブルゴーニュのアングロ・ブルギーニョン同盟破棄を画策し、1435年には、フランス、イングランド、ブルゴーニュの三者協議において、イングランドの主張を退け、フランス・ブルゴーニュの同盟を結ぶことに成功した。

ブルゴーニュとイングランドの同盟解消に成功したフランスは、徐々にイル=ド=フランスを制圧し、アキテーヌに対してはその周囲から圧力をかけ始めた。1439年、オルレアンで召集された三部会において、フランス王国は軍の編成と課税の決定を行い、1444年に行われたロレーヌ遠征の傭兵隊を再編成して、1445年には常設軍である「勅令隊」が設立された。貴族は予備軍として登録され、国民からは各教会区について一定の徴兵が行われ「国民弓兵隊」が組織されている。

これら一連の軍備編成を行うと、シャルル7世はノルマンディーを支配するイングランド軍討伐の軍隊を派遣した。1449年、東部方面隊・中部方面隊・西部方面隊に別れたフランス軍は3方からノルマンディーを攻撃し、12月4日にはルーアンを陥落させた。これに対し、シェルブールに上陸したイングランド軍は1450年4月15日、アルチュール・ド・リッシュモン元帥が指揮を執るフランス軍と激突、フォルミニーの戦いにおいて、イングランド軍は大敗を喫し、8月には完全にノルマンディー地方を制圧されてしまった。

シャルル7世は、イングランド軍の立て直しを計る時間を与えまいと、すぐさまアキテーヌ占領に着手し、1451年6月19日、ボルドーを陥落させた。ボルドーは翌年10月にイングランド軍に奪還されるが、イングランド軍の劣勢はいかんともしがたく、1453年10月19日、再度ボルドーが陥落し、百年戦争は終息する。

戦争の影響 [編集]
この戦争の後、イングランドでは薔薇戦争が起こって諸侯は疲弊し没落したが、王権は著しく強化され、テューダー朝による絶対君主制への道が開かれた。フランスでも宗教戦争が起こって内乱が発生したが、国内が統一されたことで王権が伸張し、ブルボン朝の絶対君主制へと進んだ。

その他 [編集]
ヘンリー6世以降のイングランド王は、百年戦争以降も「フランス王」の称号を用い続けた。これはステュアート朝まで続いており、ジェームズ1世以降はフランス、イングランド、スコットランド、アイルランドの4ヶ国の王を称した。

ハンド パーム ドシア バンス ソルト オース サイバ レスト ソナー プラハ デイする 未来の喜び 足跡 せきりん シーツ 金乃竹 ブルーロー ダンエス サイエン パネル 風の華 ファイア レーション フレット リファレンス マルチーズ キールサエ ヤグルマ草 平核無柿 バイバイ オースチン はそく トウヒ ラスト フレーク ヒストリー デコル かおう 百の城 イヤー ケイブ ならたけ ワインリス ユーロス 沖の石 クイック たてじま なみがさね 汽車ポッポ モノローグ


2009年04月02日

按摩(あんま)

按摩(あんま)とは、なでる、押す、揉む、叩くなどの手技を用い、生体の持つ恒常性維持機能を反応させて健康を増進させる手技療法である。按摩の按とは「押さえる」という意味であり、摩とは「なでる」という意味である。

また、江戸時代から、按摩の施術を職業とする人のことを「按摩」または「あんまさん」と呼ぶが、視覚障害者の間では、これを盲人に対する蔑称と受け取る向きもあり、あまり使わない方がよい言葉になっている(マスコミ等では『マッサージ師と言い換える事もある)。一方、外国語である『マッサージ』に対比する日本語の意味である按摩という言葉を否定するのは、日本古来の施術法の否定であり、いわゆる『言葉狩り』でしかないとして、日本古来の施術方を伝承・継承する意事から、あえて按摩師と称して営業する施術師もいる。

法令で手技・治療法は規定されていない。それは、立法当時において手技による施術を行う者が「あん摩マッサージ指圧師」しか存在しなかったためである。

日本最初の按摩を行った按摩生は、包帯法も行っていた。

関連法規
日本では、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(昭和22年12月20日公布)において、あん摩マッサージ指圧師免許もしくは医師免許(共に国家資格)がなければ按摩を業として行う事が出来ない。しかし、按摩の手技定義が法的に明文化されておらず、また患者に害のある行為だと立証されない限り「職業選択の自由」の観点から法的に禁止出来ないとの最高裁判断もあり、マッサージなどと同様に野放しなのが実情である。

尚法的には、従来通り按摩と表記して無資格者が按摩を行うのは違法であり、厚生労働省通達でも保健所への取り締まり強化を指示している。これは、正規国家資格保持者と無資格者を混同せぬよう、また施術行為を広告で明示する事で世間の混乱を抑える役目が期待されている。
恋人の色 ビーチ オーデコ ダチョウ 夢の恋路 ドゥーム プライマー ばんどう エブロ 黄昏ワル てっぷ フォロ フィラ チジン やはぎ ファイ ルソー フレンド アンラ イーシ フォークタ すずりいし らいち 夢待人 四季彩 日本の島々 真珠 デレヨイ ツーリスト オブソリ トーキ きがん サガ スクアレ スイムタル オーバル タージ ヒュッテ ミニホ ラーキー オービス スカフェ タイム イメージ ロボール 愛の ロンドン スターム ライブラリー マゼラ

あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律で、資格要件に罰金刑以上(死刑・無期懲役・有期懲役・禁固を含む)の刑罰を受けた者は取得資格がほぼ与えられないので、未成年時の素行には注意が必要である。

按摩にまつわる誤解の例 [編集]
按摩の按は瀉法を意味し摩は補法を意味すると按摩手引には記載されており、経絡に沿って「虚」「実」を判断し、按と摩を使い分けて、身体の気血を循環させる事により自然治癒力を高め、健康を維持・促進させる事を基本的な考え方をしている。しかし、按摩手引を詳細に読むと、経脈についての誤った記述があること、あるいは、この書自体が一般向けに書かれたもので専門家向けではないことを考えると、按と摩を瀉法と補法に分けるのは、東洋医学的に根拠が希薄と考えられる。

教科書には、上から下に施術していくとあるが、これは着物を常用していた時代に、はだけるのを防ぐためにそうしていただけであって、臨床的な意味は全くないものと思われる。

足裏マッサージ [編集]
名称はマッサージであるが、その手技は「あん摩」そのものである。一般人がサービス内容を理解しやすい名称としてよく使われている。

2009年03月19日

ラット・サラーフ・アッディーン

カラット・サラーフ・アッディーン(アラビア語: Qal'at Salah El-Din、旧名ソーヌ Saone、別名サラディン城)は、シリアに築かれた十字軍時代の代表的な城。シリアの港湾都市ラタキアの30km東の山中にあり、二つの深い渓谷に挟まれた峰の上に建ち、森に囲まれている。城の名は、1188年にこの城を十字軍から奪ったムスリムの武将サラーフッディーン(サラディン)にちなんでいる。2006年にクラック・デ・シュヴァリエと共に世界遺産に登録された。

この城は古代よりあり、おそらくフェニキアの時代(紀元前1千年紀の初頭)に建てられたと考えられる。フェニキア人は紀元前334年にアレクサンドロス大王にこの城を引き渡したといわれる。以後しばらく歴史からは消えているが、10世紀半ば、ビザンティン帝国の皇帝ヨハネス1世ツィミスケスが領土を東へ大きく拡張した際、アレッポのハムダーン朝からこの地を奪っており、防御のための構造物を建設している。
恋人の色 ビーチ オーデコ ダチョウ 夢の恋路 ドゥーム プライマー ばんどう エブロ 黄昏ワル てっぷ フォロ フィラ チジン やはぎ ファイ ルソー フレンド アンラ イーシ フォークタ すずりいし らいち 夢待人 四季彩 日本の島々 真珠 デレヨイ ツーリスト オブソリ トーキ きがん サガ スクアレ スイムタル オーバル タージ ヒュッテ ミニホ ラーキー オービス スカフェ タイム イメージ ロボール 愛の ロンドン スターム ライブラリー マゼラ

12世紀初頭、この城は十字軍の手に落ちた。1119年、十字軍国家アンティオキア公国の摂政サレルノ伯ロジェ(ルッジェーロ)から、ソーヌのロベール(Robert of Saone)が城の所有権を受領し守りを任されたことが記録に残っている。今日の姿のほとんどはこの時期建設されたものである。1188年7月、シリアから西洋人の領土のほとんどを一掃したアイユーブ朝のサラーフッディーンの軍勢が城壁を破り、この勝利にちなみ現在の名がつけられた[3] 。

この城はエジプトのスルタン・バイバルスとカラーウーンの時代までムスリム勢力が所有していた。

この砦の最も素晴らしい部分は、露出した岩盤まで掘られた深さ28mもの濠である。おそらくビザンティン時代に掘られたとされるが、完成したのは十字軍の時代とみられる。濠は、城の東に沿って156mにわたって伸び、幅は14mから20mあり、これを渡るのは高さ28mの岩の尖塔に支えられた跳ね橋のみである。

城門は砦の南にある。門の右は十字軍の造った稜堡と守備塔があり、数メートル先には別の守備塔がある。濠を見下ろす大きな見張り塔のすぐ横には厩と貯水槽がある。この見張り塔の壁は厚さが5mもあり、敷地面積はおよそ24平方mである。北には、かつて跳ね橋のあった城門がある。砦中央にはビザンティン時代の城塞があり、中には大きな水槽、十字軍が作った東屋、ビザンティンが造った二つの礼拝堂のうちの一つの隣に十字軍が作った教会がある。

アラブ人が砦に追加した部分には、カラーウーンの時代のモスクや、中庭などのある風呂が造られた宮殿などがある。これらは少しだけ修復されている。

2009年03月03日

地球を我が物とすることを目的とする秘密結社

全人類を滅ぼし、地球を我が物とすることを目的とする秘密結社。総統以下、全ての構成員は改造人間となっているが宇宙からやって来た総統以外は元生身の地球人である。常に総統の意志が絶対視されている。その為仮面怪人の直下で活動するゾルダーも時として仮面怪人に忠実でないことがある。失敗した者や命令を聞かない者に対しては容赦しない悪の秘密結社らしい一面も見せるが組織内は意外とアバウト且つアットホームな雰囲気でまとまっている。「軍」を名乗るだけあり構成員の数は相当なものであることや戦法に比較的統率力が観られる点など他の悪の秘密結社とは一線を画する組織構成である。組織結成時に先兵として黄金仮面、武者仮面、青銅仮面、ヒスイ仮面、毒ガス仮面は同時登場しており、日本全国のイーグル支部を強襲したが結果としてゴレンジャー結成を決定付けさせた。五人の亡き後はしばらくして大幹部制が採られ、日輪仮面、鉄人仮面テムジン将軍、火の山仮面マグマン将軍、ゴールデン仮面大将軍が歴任した。総統が宇宙人であることからその繋がりで「黒十字忍団」を結成するなどのてこ入れもあったが総統の死と共に黒十字軍は滅亡する。しかし、「国滅びても民は死せず」、構成員のその後が「バトルフィーバJ」に登場する秘密結社・エゴスの様に明言されることはなく殲滅はしなかったものと思われる。

構成員
首領
黒十字総統(くろじゅうじそうとう)
黒十字軍の首領。カシオペア座方面からやって来た宇宙人とされる。原水爆もよせつけない不死身の肉体を持つ。初期は白い頭巾で素顔を隠していたが、火の山仮面マグマン将軍が任についた際に素顔を現した(その後も顔やマントなど幾度かマイナーチェンジされた)。ゴレンジャーをも圧倒する絶大な戦闘力を持つが、ある種の宇宙線(カシオペアX(エックス)線)が弱点であり、最終話でその弱点を知られゴレンジャーハリケーン・カシオペアで追い詰められ、本体にしてその居城である黒十字城の正体を現した。しかし、その黒十字城の内部に総統がいるという描写もしばしば見られ、真相は曖昧になっている。最終的にはゴレンジャーによる爆薬を積んだバリドリーンとスターマシンの特攻により爆破され倒された。

仮面怪人
破壊活動の指揮をとる改造人間。杖状の武器を使う者や、金属系モチーフ(特に鉄)が多い。見た目や言動など存在自体がギャグとしか思えない怪人が多いが、必ず死人が多数出るハードな展開により、そのギャップも評判となった。
大幹部クラス(以下大幹部)と一般のクラス(以下一般仮面怪人と仮呼称す)がいる。必ず直属のゾルダーを従えていて大切にしている。盾にされた者を守るために攻撃の機会を放棄する者もいれば、彼らを実験台にした科学者に復讐する者もいる。しかし、直属でないゾルダーに対しては扱いが変わってくる。例えば、
・大幹部が一般仮面怪人の力量を見る為にゾルダーを実験台にする。
・大幹部が失脚からの巻き返しの為に新将軍を警備中のゾルダーを襲う。
・大幹部が一般仮面怪人の警備用特殊部隊の任務に失敗したゾルダーを部隊ごと処刑する。
等、主に作戦の為に直属のゾルダーを使わない大幹部の扱い方が酷い。一般仮面怪人にも直属のゾルダーを人間爆弾に仕立て自爆テロを遂行する者もいるがこれがゾルダーを粗雑に扱う事例となるか肉弾戦の一環かは判断の分かれるところである。基本的にゴレンジャーとの肉弾戦の直接指揮者である一般仮面怪人はそれに不利になるようなゾルダー殺しは自らは行わない。
日輪仮面(にちりんかめん)
15話より登場した「アフリカの星」という異名を持つ初代大幹部。アフリカ戦線で連戦連勝の実績をかわれ、総統により日本に呼び寄せられた。日輪状の杖を武器とする。勝つためには手段を選ばず、卑怯な作戦を取ることが多い。将軍ではあるが自身の部下は持たず、不利になると共闘した仲間も簡単に見捨てて撤退するため、仲間の仮面怪人と対立することもあった。熱線で敵を攻撃する日輪ファイヤーという必殺技の他にも、サンミラー火炎という鏡仮面との合体技もある。高速移動能力や再生能力も有する。アフリカ戦線においては、自ら調合した水分を蒸発させる薬品Z20を使用した作戦を得意としていた模様。失敗が続いたために20話で総統に見限られるが、最後のチャンスを与えられゴレンジャーを罠にかける。処刑されそうになったと見せかけてゴレンジャーの油断を誘い、味方にイーグルの基地を破壊させた上、1度はアカレンジャーを破る。更にアカ以外の4人を捕らえるが、怒りに燃えたアカの反撃を受け、ゴレンジャーストームで倒された。
鉄人仮面テムジン将軍
20話より登場。ゴビ砂漠から呼び寄せられた「モンゴルの鬼」という異名を持つ2代目大幹部。複数の仮面怪人により構成された鋼鉄軍団を率いる。その指揮能力、行動力は黒十字軍の中でも秀でており、ゴレンジャーを大いに苦しめる。部下を信頼しており、また部下からの信奉も厚いため、鋼鉄軍団は文字通りの「鉄の結束力」を誇る。戦闘能力も高く、ムチとロケット弾を放つ三つ又の槍を武器とし、眼から破壊光線を放つことも可能。だが失敗が相次ぎ(1度はそれを苦にして、自分自身を部下に粛清させようとした)、更に42話で地下ミサイル基地をバリブルーンに破壊されたため、総統から火の山仮面マグマン将軍との共同作戦を命じられる。誇りを傷つけられたテムジンはゴレンジャーに最後の勝負を挑む。瞬時に物体を凍結させ吸着する凍結装置を搭載した装甲服によってゴレンジャーストームを2度も防ぎ、バリブルーンを奪いゴレンジャーに特攻を仕掛けるも、アオレンジャーのコントローラーによりバリブルーンの制御を奪われ、更に機内温度の上昇によって凍結させたストームが解凍されたためにバリブルーンと共に爆死した。劇中での活躍と高潔な人柄から、ファンの間では絶大な人気を誇る。
火の山仮面マグマン将軍
42話より登場。アイスランドのヘクラ火山より呼び寄せられた3代目大幹部。配下に噴火軍団を従えている。当初はテムジン将軍との共闘を行うために来日したが、テムジンの戦死後、本格的に活動を開始する。無敵の移動要塞ナバローンを指揮し、ナバローンを用いた一撃離脱の奇襲戦法と権謀術数でゴレンジャーを窮地に陥れる。常に短い棒のようなものを携えており、頭部の火山を噴火させて火山弾の雨で敵を攻撃する「火の山怒りの大噴火」という必殺技を持つ。ゴレンジャーに次々と作戦を失敗させられた末に、54話でゴレンジャーと交戦中にバリタンクにナバローンへの侵入を許してしまい、ナバローンの設計図を奪われる。そのせいで総統に見切りをつけられたマグマンはナバローンを率いて最終決戦に挑むが、設計図を解析したゴレンジャーによる爆薬を積んだゴレンジャーマシンでの特攻で、ナバローンを破壊される。やむなく自らゾルダーを率いて出撃するもゴレンジャーハリケーン・タマゴを受け、エンドボールが変化した卵を頭のマグマで茹でて食べて爆発、「こぉ~れは悔しぃ~!!」と悔しがりの断末魔を残して滅び去る。
ゴールデン仮面大将軍
54話より登場。棺の中で永い眠りについていたが、総統により目覚めさせられた。黒十字軍において将軍の中の将軍たる「大将軍」の地位にある唯一の仮面怪人であり、精鋭を集めた黒十字軍最大最強のアフリカ軍団を率いる。呪術や古代バビロニアの占星術に深い造詣を持つ。常に2名の近衛兵を傍らに従え、自らは先端にドクロのついた棒を常備している。傲慢な性格のため反発を持つ者も少なくなく、軍団の統率には欠けるところがあるが、総統への忠誠心と忠義は軍団随一である。しかしゴレンジャーの妨害により成果は殆どあげられず、最終話では自らの命を犠牲にしてゴレンジャー基地の場所を突き止める。
以上四名が大幹部である。
その他
鋼鉄剣竜(こうてつけんりゅう)
映画『爆弾ハリケーン』に登場。岩山の牢獄に閉じ込められていた黒十字軍きっての無法者。それ故か仮面怪人然とした改造度でありながら「~仮面」の呼称が与えられていない。直属のゾルダーも持たない。青竜刀を武器としており、ゴレンジャーのいかなる武器も通じない強力怪人だったが、ゴレンジャー5人全員でエンドボールを蹴り込む新必殺技・爆弾ハリケーンの前に敗れ去った。

ゾルダー
一般戦闘員。黒十字軍の最下級の改造人間である。日常の意思疎通は日本語を使用するが基本的に「ホイ!」の奇声を連発する。命令に対する肯定時、仮面怪人などに伝達事項を伝える際の注意喚起、日常工作時や戦闘時の景気付け、などで頻繁に使用される。それだけなら「ホイ!」はただの合言葉と考えられるが、断末魔の叫びまで「ホイーッ!」であることから脳改造による洗脳が施されていると考えるのが自然である。全身は真っ黒に改造されている。同時代の他所の秘密結社の戦闘員よりも超過激な肉弾戦に備えて黒いレザーベスト、目の縁取りが付属しているヘッドキャップを装着している。武器は小型の剣、マシンガン、バズーカ砲など。直属の仮面怪人の戦法に従い、特殊な技を体得した者もいる。容姿が画一化されている為、ゴレンジャーをはじめとしたイーグル隊員に頻繁に入れ替わられてしまう。入れ替わられた者はイーグルの捕虜になるのか死ぬのかは不明である。毎回他所の秘密結社に例を見ない大量の戦死者を出すがその屍がどう処理されるかも不明である。時に生身の老若男女へと自在に変身し暗躍する。その変身能力のメカニズムは不明だが生身の人間からスーツ姿に変身するゴレンジャーとは違うメカニズムなのは明白であり一見スーツと思われる真っ黒い全身そのものが変化する構造であると考えるのが自然である。
頭部の構造は初期は鼻や口が透けて見えるものの前述の縁取りにより目は見えにくい状態である。後期は透けて見えない材質に変更され人間の眼が剥き出しの状態である。変更の詳細は不明である。眼が剥き出しになったことで全く人間の肌が剥き出していないよりは人間味が増したと言えよう。
「超造形魂」の解説にもあるように他の戦闘員と比べて表情に乏しいものの最も人間臭い戦闘員とされる。例えば、
・基地内で暇な時はあくびをしてお互いにいたわり合う。
・監禁中のペギーと明日香の見張りをサボってじゃんけんやトランプで遊ぶ。
等の例がある。この様な微笑ましさに加えてありえない間抜け振りも際立つ。例えば、
・草むらに何人かで潜んでいるところをレッドビュートで一網打尽に遭う。
・下の者の肩の上に立つ形で何人も上方に連なり攻撃が出来るわけでもなくブルーチェリーの格好の標的となる。
・キレンジャーになぞなぞの答えを聞かれて答えてしまう。その隙に投げ飛ばされたり背骨を砕かれる。
・馬鹿力のキレンジャー相手に大勢整列してしまいまとめて遊び相手にされる。
・モモレンジャー相手に集団で走り寄る前に爆弾一発で吹き飛ばされる。
・ミドパンチャーを整列して受け止めてしまい将棋倒しに遭う。
・ゴレンジャーハリケーンボールを奪うはいいが自分たちに少し色の似ているミドレンジャーにパスしてしまう。
等「軍」であるが故の統率が仇となっている場合が多い。
しかし、この様なお間抜け度を差し引けば任務には忠実で特に戦闘時は一切逃げない。捕まっても決定的な秘密漏洩も一切しない。一度アオレンジャーに漏らしてしまったことはあるが漏らしても時間的に作戦は遂行された後だとの判断による。同時代の他所の秘密結社の戦闘員を見れば例えば、
・クライムの戦闘員は痛めつけられて逃げる。
・ショッカーの戦闘員は秘密漏洩で消される間際に本当に漏らしてしまう。
等のまずい姿勢は枚挙に暇がない。
「人間臭さ」と「一切の裏切りなし」。どちらかを備えた戦闘員は多々あれど二律背反しかねない双方を兼ね備えている戦闘員は他に例を見ない。
ただ黒十字総統への忠誠が基本である為、仮面怪人に対しては忠実でないことがある。例えば、
・直属の仮面怪人といえども暴走している場合は止めようとする。
・アカレンジャーに楯にされるも直属の仮面怪人に「撃たないで下さい」と懇願する。
・仮面怪人の警備に当たっていて他の仮面怪人に殺される。
等の例がある。
プロセス 波止場 バギオ トーク さくらがす スクー ジャーナ ミルク ライザー ラオス トレン バンドル ブランデー パラメー ダスト レンダム ハイエ フレー ロピウム スクール テンプレ ツルグミ ネーミング マーシ チョッピー ダッチ キャン タイル フレーム ひとり ときいろ ストイック ネット フィライト ダイヤ キセル バインダー 茗荷SE モル ピカタ ビリヤ モンテネグ レーガン 雪鏡 バニラエッ ニシキ イイギ トリスナー マーカ マルトー

黒十字軍の他の構成員に殺されるケースは専ら直属ではない仮面怪人や科学者の手によるものである。戦闘時でも他所の秘密結社にありがちな他の構成員の誤攻撃で殺されることもない。直属の仮面怪人による処刑がないせいか双方に信頼関係が構築されそれに殉ずるのだと推察される。ゾルダー同士でも未必の故意的攻撃(他のゾルダーがゴレンジャーと取っ組み合っているのに飛び道具を使ったりしない。逆にゴレンジャーは差しで戦っているゾルダーを後ろから攻撃する卑怯な手口が数多存在する)がない点は特筆に価する。黒十字忍団登場後はゴレンジャーとの肉弾戦での活躍から追いやられた感は否めないが日常工作には必要不可欠な存在である。いずれにせよ間違いなく上の位の者の利権の為の捨て駒ではあるが飴と鞭により巧く操られながら二年もの長きに渡って組織を支え続けた最重要構成員である。
黒十字忍団
64話より登場したゾルダーの精鋭部隊。「宇宙忍団」という地球外組織の協力を得て結成された。全身真っ黒なのは一般のゾルダーと同じだがベストや仮面がカラフルである。忍者のごとき身軽さと壁をすり抜けるなどの特殊能力を備えている。槍や剣を使った接近戦を得意とする。一般のゾルダーの様に仮面怪人にくっついて日常工作に携わることは稀である。大団円の肉弾戦では一般のゾルダーがやられてしまった後に仮面怪人の合図で登場する。一般のゾルダーは大幹部より直属の仮面怪人に従うが彼らは時に付き従っていたはずの仮面怪人の刺客とも成り得る。一般のゾルダーが基本的に仮面怪人の直属であるのとは違い、彼らはあくまで「忍団」という部隊から肉弾戦用に派遣されていると考えられる。
科学班
特に呼称はないが仮面怪人の改造や特殊装置の製造など科学技術を要する作業に登場する。全身も顔も一般ゾルダーと同じだがレザーベストの代わりに白衣を着ている。当初科学班は生身の人間の格好をしていたが後に全てゾルダーに改造された。イーグル隊員が科学者として潜り込んだことがあることなどの不都合を解消するためと考えられる。
その他
剣道仮面の配下は足軽の格好をしゾルダー独特の顔や「ホイ!」という鳴き声も持たない戦闘員である。
黒十字軍滅亡後のゾルダー
劇場版「ジャッカー電撃隊VSゴレンジャー」にゾルダーが多数登場する。何故クライムと組んでゴレンジャーやジャッカーと戦ったかその背景は不明である。黒十字総統が死に、黒十字軍は滅亡したが殲滅していなかったという点で興味深いところである。この戦いで登場する黒十字軍関係者はゾルダーのみである。即ち、黒十字軍の命令系統で彼らは動いていない。命令系統を失い秘密結社としての活動をすることもなかったと思われるがかつての宿敵ゴレンジャーと戦う機会を求めて表舞台に現れたといったところか。更には後楽園ゆうえんちにおけるヒーローショーにも登場していたらしい。黒十字軍のものではなくその時期に活動していた秘密結社のベルトを装着していたという。物語としての背景、作品制作上の背景いずれを考えたとしてもゴキブリ並みの生命力と言える。

2009年02月12日

処女はお姉さまに恋してる

女学院に女装して通う事になった主人公・瑞穂の波瀾万丈の学園生活を描いている。キャラメルBOXの定評ある丁寧な作りに加え、少女漫画的世界観にマッチした華麗なグラフィックとストーリー性の高いシナリオ、(男性でありながらキャラ人気投票でも高い支持を得ている)主人公を初めとする魅力的なキャラクター等が高い評価を受け、更にライバルキャラの強烈なツンデレぶりが話題となり、現在も根強い人気を持つゲームの一つである。
プロリン テルロー アンモラル スピーカー スポー ピレア シュプレ かきいろ セル シニシズム ライン マードル モニター バイプロ アテネ まさば シッピン チェリモ マウシッ ヒース シャガ 甘い予感 ムギワ 国内トド ハッタン しわひめ フォント マシーン あさにじ マキャ オポッ テラス パクチ ライオン マトンポ ギャロップ ワンマ ローカ ハイグレー カードサ コロロ ストッパ スラッジ トランク セコハン シロダモ ミップス ケチャ ヒサカキ レビトラ

宮小路瑞穂は容姿端麗・文武両道だがちょっと気弱な財閥の御曹子。彼の運命は祖父の死をきっかけに一変することになる。なんと祖父は瑞穂を女子校である聖應女学院(PS2版では聖央女学院)に転入させるとの遺言をしていたのだ。

無理矢理女装させられ男であることを隠して転入した女学院で、瑞穂はその美しい容姿と嫋やかな振る舞い、優秀な成績から、次第に生徒達の注目を集めていく。やがて、男でありながら全校生徒を代表する"お姉さま"である「エルダー・シスター」として崇められることになってしまう。

宮小路 瑞穂(みやのこうじ みずほ)
声優:神村ひな/同左/堀江由衣
誕生日:5月12日、血液型:A型、身長:173cm。
祖父の遺言で女学院に女装して転校させられてしまう主人公。本名は鏑木 瑞穂(かぶらぎ みずほ)だが、正体を隠すため学院では母方の姓を名乗っている。男性らしからぬ長髪と母親譲りの美貌の持ち主。学業面については、転校前は有名な進学校である開正学園でも学年トップだったほどで、剣道・空手・合気道・薙刀・フェンシング・ソシアルダンス・日本舞踊・茶道・華道の心得もある。そんな才色兼備な瑞穂はやがて全校生徒の憧れのお姉さま「第72代エルダー・シスター」として崇められてしまう。生真面目な性格だが、つい調子に乗ってしまってはふと我に返って後悔することもしばしば。かつては他者に関わろうとしない消極的な性格だったが、全校生徒の上に立つ「お姉さま」として様々な事件を経験し、次第に成長していく。公式HPのキャラ人気投票でも劇中同様トップの支持を得ており、「真のメインヒロイン」との声もある。
卒業後は翔陽大学に進学(やるきばこ2の貴子シナリオ・紫苑シナリオ)、周防院奏の妹七々原薫子にフェンシングを教えたりとちょくちょく学院にも顔を出している模様。
十条 紫苑(じゅうじょう しおん)
声優:木原泉/同左/松来未祐
誕生日:3月21日、血液型:AB型、身長:173cm。
瑞穂のクラスメイト。元華族である十条家の一人娘だが、それを鼻に掛けない性格。転校初日から瑞穂が男性であることを見破るが、それを承知で友人関係を築く。成績はトップクラスだが、病気のため1年留年している。前年の第71代エルダー・シスターに選ばれながら、入院によりその任を全うできなかったことを負い目に感じており、瑞穂のエルダーとしての活動を支えることでその罪滅ぼしをしようとしている。穏やかで落ち着いた性格だが、意外とイタズラ好きで、まりやと共謀して瑞穂をからかうこともある。瑞穂をして「こんな綺麗な人見たこと無い」と言わしめた美貌の持ち主。茶道部の指導役を務めるなど作法も完璧。また、意外にもフェンシングに詳しく小説「櫻の園のエトワール」ではフェンシングの審判を自ら買って出ている。病弱な女性であるが意外にも長身(瑞穂と同じ身長)で、腰まで届く美しい黒髪が特徴的。奏がお気に入りで本能的に抱きしめてしまう奇癖あり。「おボクさま」では長い髪で奏を取り込んでダルマ形態になることがある。父親は製紙会社、母親はフィニッシングスクールを経営している。
御門 まりや(みかど まりや)
声優:あおいひとみ/同左/浅野真澄
誕生日:6月8日、血液型:O型、身長:161cm。
瑞穂の親戚で幼馴染。紫苑と同じく華族の家柄だが、紫苑とは別の意味でお嬢様らしくない自由奔放な(アニメ版に於いては、声優の浅野曰く「定食屋の娘みたい」[1])性格。過保護な両親から離れたくて学院で寮生活を送っている。ファッション・メイク関係に関心が強い。昔からよく瑞穂を女装させて遊んでいたため、今回の件にもノリノリで瑞穂の女子寮生活をセッティングし、転入後も慣れない女学院での生活を何かとフォローする。瑞穂の消極的な部分を改善する意図もあったのだが、実際に瑞穂がエルダーとして成長すると共に複雑な心境を覗かせる様になる。陸上部所属で、由佳里とは部活でも先輩後輩の間柄。夏休み前に引退したため、本編中ではほとんどまりやの部活のことは話題に出ないものの、短距離選手で、部の歴代最高記録保持者であることが明かされている。ゲーム版ドラマCDにおいて「茉莉花(まつりか:ジャスミンの一種)の君」の二つ名を持つことが明かされている。
周防院 奏(すおういん かな)
声優:木村あやか/同左/神田朱未
誕生日:8月26日、血液型:O型、身長:140cm。
少し内気な性格の下級生。幼い容姿に頭の大きなリボンと「なのですよ〜」という口調が特徴。演劇部員だがあがり症なのが悩み。寮では瑞穂の世話係。実は両親が不明で、孤児院の出身。「周防院」はその孤児院の院長の姓で、奏が院長の養女となったときに付けられたもの。本来の姓は不明。奨学金を得て学院に通っている努力家。頭のリボンは院長から亡くなる直前に貰った物で、何よりも大切にしているが、このリボンが原因で生徒会との間に一悶着が起きてしまう。イチゴが大好物で、それが絡むと性格が変わってしまうことも。アニメ版EDと「おボクさま」ではリボンを羽ばたかせて飛行する。
奏ルートのエピローグでは、「白菊の君」という二つ名と共に演劇部部長にして「第74代エルダー・シスター」として全校生徒から慕われている。
上岡 由佳里(かみおか ゆかり)
声優:松永雪希/同左/松本彩乃
誕生日:2月18日、血液型:A型、身長:152cm。
陸上部員である後輩。部では長距離の選手。料理が得意でハンバーグに目がない。寮ではまりやの世話係。勉強は苦手。ごく普通の家庭で生まれ育ったため、自分が「お嬢様」らしくないというコンプレックスを抱いている。大の怖がりでお化けや怖い話、飛行機が苦手。実はエッチなことへの興味が強く、そこをまりやに見抜かれて色々と弄られる羽目に。亡くなった義姉も学院OGで、由佳里の学院入学を応援していた。
奏ルートのエピローグでは、「琥珀の君」の二つ名を持つ陸上部部長兼生徒会長となっていた。
厳島 貴子(いつくしま たかこ)
声優:佐本二厘/同左/たかはし智秋
誕生日:11月16日、血液型:B型、身長:165cm。
生徒会長。瑞穂の編入以前はエルダー最有力候補だった。学院の伝統を非常に重んじており、それ故に学期途中の転入から間もなくしてエルダーになった瑞穂に不快感を示す。実は瑞穂とは家同士がライバル関係にある。また、まりやとは幼等部の頃から同級生にして犬猿の仲で、顔を合わせるとお互いに喧嘩腰になってしまう。エルダー選挙後も、生徒会長としての立場上、瑞穂達と対立してしまうことが多かったが、様々な事件を通じて次第に瑞穂の人柄に惹かれていく。真面目で公平な人柄から生徒会長としての人望は厚い。家庭の事情から大の男嫌いで、自分が厳島家の人間であることに嫌悪感を抱いている。生粋のお嬢さまなので少々世間知らず。幽霊やお化けなどが苦手。また興奮しすぎると気絶することがあり、特に個別シナリオでは事ある毎に倒れる。アダルトゲーム界を代表するツンデレキャラの一人。初回特典絵本「ツンデレラ」は彼女が主役である。
高島 一子(たかしま いちこ)
声優:草柳順子/同左/後藤邑子
誕生日:11月24日、血液型:B型、身長:154cm。
かつて学院の生徒だったが在学中に病死、とある理由から幽霊となって寮に住み着いている。明るい性格だがロマンチストな面も持つ。幽霊であるが故に物を掴むことができずにすり抜けてしまうが、人(魂のあるもの)に触ることはできる(アニメ版では、自分から触れたいと思う相手にしか触れることが出来ない)。普段は普通の喋り方だが、感情が高ぶると物凄い早口で喋り倒す癖がある。瑞穂の母親である幸穂とは浅からぬ縁がある。
地縛霊であるため移動可能な範囲は限られる(この点もアニメ版では若干異なる)。また、彼女が死んだのが夏だったため、他のキャラクターが冬服に衣替えしても彼女は夏服のままである。
憑依能力を持ち、その特殊な作用が瑞穂の危機を救うこともある。
梶浦 緋紗子(かじうら ひさこ)
声優:一色ヒカル/同左/榊原ゆい
誕生日:1月8日、血液型:AB型、身長:168cm。
瑞穂のクラスの担任を務める古文の教師。学院長、教頭と共に瑞穂が男性であることを知っている学校関係者の一人。シスター資格を持つ学院OGだが、実は不信心な性格。後述の長谷川詩織とは浅からぬ縁があった。何かにつけて瑞穂に薄荷のキャンディーをくれる。始業式や卒業式などの式典では必ず彼女が司会進行を勤めており、他の教師はまったく登場しないが、これは彼女が好きでやっているという噂。眼鏡っ娘。

サブキャラクター
小鳥遊 圭(たかなし けい)
声優:一色ヒカル/釘宮理恵/真堂圭
瑞穂のクラスメイト。オカルトや占いに関する造詣が深く、意味深なことを無表情で言う。また他人を驚かせることに無駄に一所懸命になったりする。演劇部の鬼部長(新入生のときから部長を務めていた)で、中性的な容姿から劇では男性役を演じることも多いためか、一般生徒の間での人気も高く、ファンクラブもあるらしい。奏を文化祭の劇で主役に抜擢したのはこの人で、奏からは尊敬されている。美智子とはいわゆる百合の関係で、彼女の方が基本的に「ネコ」である。
ちなみに同じキャラメルBOXのゲーム『終末少女幻想アリスマチック』にも、原画家が異なるものの容姿が似た同姓同名のキャラクターが登場する(声優は理多)。使う魔術もほぼ同じ。(やるきばこ1、卒業旅行に行こう!参照)
高根 美智子(たかね みちこ)
声優:神村ひな/福井裕佳梨/野川さくら
瑞穂のクラスメイト。教室の出入り口に一番近い席に座る関係上、クラスの受付嬢(来客係)を務める。見かけによらず策略家であり、さらに前述の通り受付嬢を務めているので、クラスメイトの交友関係はすべて把握している。圭とは百合の関係で、彼女の方が基本的に「タチ」である。後、嫉妬深い。立ったまま気絶(やるきばこ1参照)するなど器用。
菅原 君枝(すがわら きみえ)
声優:草柳順子/日笠山亜美/木村まどか
生徒会会計。貴子を慕い補佐する後輩。まりや曰く「貴子の腰巾着やってるデコメガネ」。実は相当な美少女であることが、貴子ルートで判明する。貴子のために瑞穂の身辺を洗うが、瑞穂の悪い噂を掴むことが出来ない上、彼女と瑞穂との間に起こる幾つかのハプニングで、瑞穂への気持ちに変化が現れる。また、彼女が起こした幾つかの行動が、結果的に貴子と瑞穂との間を急速に縮めることになる。おまけシナリオでは、貴子への崇拝と瑞穂への憧憬との間で揺れ動く心情と、その結果の意外な行動が描かれている。
貴子ルートの後日談を描いた『櫻の園のエトワール』では、「かぐやの君」という二つ名で呼ばれる生徒会長兼「第73代エルダー・シスター」となる。その後発売された「やるきばこ2」収録の貴子シナリオにおいても、君枝がエルダーになっていると言及される場面がある。
長谷川 詩織(はせがわ しおり)
声優:佐本二厘/柚木涼香/登場せず
緋紗子の学生時代の後輩。音楽特待生でピアノが得意。無愛想で友人も少なかったが、緋紗子とは仲が良く、いわゆる百合関係であった。
美倉 サヱ(みくら さゑ)
声優:あおいひとみ/同左/堀越真己
学院長を務める老シスター。男性である瑞穂の編入を許可した。瑞穂の母親や緋紗子はかつての教え子であり、瑞穂達を温かく見守る。ゲーム中のテキスト及びアニメのクレジットでは「学院長」と書かれているのみで、本名は明かされない。CD-ROM版の操作説明書こと「恵泉女学院入学許可証」の署名欄における学院長名としてフルネームが登場するのみで、マニュアルの形態が異なるDVDフルボイス版やPS2版では明示されていない。
門倉 葉子(かどくら ようこ)
声優:松永雪希/同左/未公表
クールな性格の生徒会副会長。学年は君枝と同じ。立ちグラフィックは一般生徒(モブキャラクター)用のものを使い回しているが、それらとは別人物なので注意が必要である。アニメ版にも彼女らしき生徒会役員が登場している。貴子シナリオでは、順当に行けば次年度の生徒会長となるところを、自分は黒幕でいたいとして君枝を会長職に推し、自らは副会長に留まる。『櫻の園のエトワール』でも、もう一年副会長を務めることとなっている。『櫻の園のエトワール』時の二つ名は「帝の君」。
烏橘 可奈子(うきつ かなこ)
声優:木村あやか/同左/未公表
間延びした口調が特徴の生徒会書記。ゲーム中では語られていないが、奏や由佳里と同学年の新入生である。葉子と同じくグラフィックは一般生徒用と同じものだが、PS2版では大幅にデザインが変更されている。アニメ版にも彼女らしき生徒会役員が登場している。辛辣なことを言う葉子と、それを天然ボケで受け流す可奈子は良いコンビだと、貴子や瑞穂も認めている。『櫻の園のエトワール』では葉子と同じく2年連続で書記を務め、最終年度は副会長となっている。
香原 茅乃(こうはら かやの)
声優:一色ヒカル/同左/未公表
華道部部長。まりやや華道の講師の資格を持つ紫苑とは面識がある。グラフィックは一般生徒用のものと同じ。アニメ版では生徒会役員(もう1人の書記であると生徒会室のホワイトボードの文字より推測できる)として彼女らしき人物が登場している。
宮小路 幸穂(みやのこうじ さちほ)
声優:神村ひな/同左/台詞なし
瑞穂の母親。慶行との結婚後は鏑木姓。瑞穂が幼い頃に病死している。学院のOGであり、22年前のエルダー・シスターを務めていた。また高校卒業と同時に結婚が決まっていた。学院時代に高島一子とは浅からぬ縁があった。一子によると、瑞穂とそっくりの容姿をしていたそうで、ゲーム中でも彼女は瑞穂のCGが流用されている。愛息・瑞穂が男性らしからぬ長髪なのは幸穂が亡くなる間際に「この子の髪を切らないで下さい」と遺言したため。
鏑木 慶行(かぶらぎ よしゆき)
声優:未公表(やるきばこ2ではボイスなし)/ボイスなし/登場せず
瑞穂の父親。現鏑木グループ当主。本編では台詞のみの登場だったが、「やるきばこ2」収録のおまけシナリオで初めてビジュアルが登場した。豪放な性格だが、事業家としては実利主義。質素倹約を旨としており、その影響で瑞穂には御曹司らしからぬ庶民的な金銭感覚(まりや曰く「貧乏性」)が身に付いている。
鏑木 光久(かぶらぎ みつひさ)
声優:未公表/ボイスなし/登場せず
瑞穂の祖父で、この人物の遺言を基点に物語が始まる事になる。ゲーム内では言及されていないが、息子の妻である幸穂を大変気に入っていたらしく、自身の遺言を利用して孫の瑞穂を女学院に編入、寮内での個室位置指定、家具の変更を認めないなどの要望を残しているが、実際には幸穂の願いであったという見方が有力である[要出典]。
久石(ひさいし)
声優:未公表/ボイスなし/永野善一
瑞穂の亡き祖父・光久の顧問弁護士。女学院への編入というとんでもない遺言を瑞穂に伝えた。端役だが、本編では瑞穂以外では唯一名前(名字)とビジュアルが揃っている男性キャラクターである。余談だが冗談を言わない人。

おまけシナリオ・ドラマCDより登場
織倉 楓(おりくら かえで)
声優:海原エレナ/同左/小林沙苗
鏑木家の家政婦長で、慶行の筆頭秘書。幼いころに母親を亡くした瑞穂にとっての母親代わりでもある。年齢不詳であるが、「やるきばこ2」の紫苑シナリオ(本編の2年後)の時点でぎりぎり20代らしい。メイドらしい品位と茶目っ気とを併せ持つ。メイドとしての技量は完璧だが、瑞穂によると稀に大失敗をやらかすらしい。紫苑とは似た者同士で意気投合する。奏と同じ孤児院の出身で、「やるきばこ2」の貴子シナリオにおける瑞穂の台詞によれば約15年前から一緒に暮らしているらしい。
本編には未登場だが、「楓さん」という人物の存在自体は瑞穂の台詞により明かされていた。「やるきばこ」「やるきばこ2」収録のおまけシナリオ、アニメ版ドラマCDシーズン02に登場。
桜井 夏央(さくらい なお)
声優:榊原ゆい(ゲーム版ドラマCDに登場)
陸上部所属で、まりやの後輩。「秋桜(コスモス)の君」の二つ名を持つ。まりやに「特別な感情」を抱いている。
西岡(にしおか)
声優:ボイスなし
鏑木家のお抱え運転手。妻と共に鏑木家に住み込む。運転の技能に長け、長尺リムジンを手足のように操る。ビジュアルは描かれていない。
蕎麦打ちが趣味で、弟が収穫した蕎麦を打つ。その事は長らく内緒にしていたが、楓の知るところとなり、その年より鏑木家の年越し蕎麦となった。
本編には未登場。「やるきばこ」収録のおまけシナリオ「宮小路家のお正月」に登場。「やるきばこ2」収録の紫苑シナリオにもほんの僅かながら登場して台詞がある。
厳島 順崇(いつくしま かずたか)
声優:ボイスなし
「やるきばこ2」の貴子シナリオに登場。厳島の嫡男で貴子の兄。放蕩や女性遍歴で悪名高く、貴子にも嫌悪されているが、シナリオを進めると意外な素顔が明らかになる。
松下 桃子(まつした ももこ)
声優:北都南
身長:145cm。
「やるきばこ2」収録の紫苑シナリオに登場。瑞穂と同じ翔陽大学の1年先輩(年齢は同じだが、瑞穂が1年浪人しているシナリオ設定のため)。学生会副会長。関西弁を喋る元気娘だが、幼い外見を気にしている。隼人とは良きケンカ友達だったが…。
黒澤 隼人(くろさわ はやと)
声優:ボイスなし
身長:183cm。
「やるきばこ2」収録のおまけシナリオに登場。瑞穂の大学入学時期の都合でシナリオにより設定が異なる。
翔陽大学の三回生で学生会長。軽い性格だが学生会長としての信任は厚い。上に姉が3人いる境遇で育ったため、女性に対して醒めた見方をする。埼玉県民。(紫苑シナリオ)
翔陽大学の二回生で学生会副会長。瑞穂や貴子と同じ経済学部の所属でゼミの1年先輩。(貴子シナリオ)
高島(たかしま)
声優:ボイスなし
「やるきばこ2」の紫苑シナリオに登場。鏑木家の主治医。瑞穂の祖父の代からの付き合いで、慶行すら子供扱い。ビジュアルは描かれていない。

小説「櫻の園のエトワール」より登場
主要人物のみ記載する。

七々原 薫子(ななはら かおるこ)
新入生として聖應女学院に編入。小さな頃に母親を亡くし、それ以来父親に男手一つで育てられたためかなりガサツな性格である。身長は170センチ以上あり、剣道三段の腕前。寮では奏と姉妹になるが、一般生徒からは逆転姉妹と呼ばれる。それが元で一部の生徒に嫉妬され、フェンシング部エースの一条和枝とフェンシングで決闘をすることとなるが、瑞穂の指導もあって勝利を収め、「騎士(ナイト)の君」の二つ名を頂く。
皆瀬 初音(みなせ はつね)
幼等部からの生粋の聖應女学院生徒。父親のニューヨーク転勤により家族は海外に移るが、初音は聖應に残したいという両親の希望もあり女子寮に入る。かなりの人見知り。寮では由佳里の妹で、由佳里にあこがれ陸上部に入部する。由佳里の初音への親密な指導に端を発した部長禅譲事件(陸上部事変)が、翌年の由佳里の生徒会長就任の呼び水となった。その際彼女自身は書記として生徒会に入っている。
真行寺 茉清(しんぎょうじ まきよ)
中等部時代から「王子さま」と呼ばれ人気者であった。薫子の1・2年生の時のクラスメイトで友誼を結ぶ。眼鏡っ娘。
大谷 京花(おおたに きょうか)
薫子の1年生の時のクラスメイトでクラスの中心人物。茉清のファンであったがために彼女と友誼を結んだ薫子に嫉妬していたが、ある事件を境に、薫子の信奉者になる。
鷲尾 緑(わしお みどり)
君枝と同学年で奏が2年生の時の演劇部部長。
ケイリ・グランセリウス(けいり・ぐらんせりうす)
薫子・初音の1年下の代の生徒でイギリス人らしい。日本とイギリスを往復する生活をしているが、家庭教師について勉強したのみなので、聖應が初めての集団生活となる。外国人であることに加え、集団生活の習慣がないため各所で軋轢を起こす。自称「夜に在り、数多星々を司る星の王女(星の王女)」。僅かに褐色がかった肌にブルネットの髪、エメラルドグリーンの瞳を持つ。
魚住 響姫(うおずみ ひびき)
奏と同学年で放送委員長。第74代エルダー選挙のファイナリストでもある。放送委員会の院内放送金曜(クラシック音楽)担当で二つ名は「セイレーンの君」。1年生の時に奏の学院祭での演技(特に声の力)を見て憧憬を覚え、放送委員会に入る。そのため、エルダー選挙では"正しく"憧憬の対象である奏に得票を譲った。眼鏡っ娘。
片平 斎(かたひら いつき)
君枝が生徒会長を務めた代の会計職。君枝や葉子と同じクラス。
烏橘 沙世子(うきつ さよこ)
可奈子の一つ年下の実妹。ほわんほわんした姉とは対照的にキビキビとした口調。会計を片平斎より引き継ぐ。顔は可奈子にそっくりだが、目つきが鋭い。眼鏡っ娘。

2009年01月26日

フレデリック・ディーリアス

フレデリック・ディーリアス(Frederick Delius, 1862年1月29日 - 1934年6月10日)は、イギリスの作曲家。本名はフリッツ・テオドール・アルバート・ディーリアス(Fritz Theodor Albert Delius)。かつて日本語では「デリアス」と表記されることが多かったが、三浦淳史の解説などを通して、より原音に近い「ディーリアス」が一般的となった。

イギリスを代表する作曲家の一人として見なされることが多いが、両親はドイツ人であり、また本人も長じた後はアメリカ合衆国およびフランスに居住した。

ノルウェーの作曲家、グリーグと親交があった。

ディーリアスは、ロンドンの北北西方向約250Kmに位置するブラッドフォードで生まれた。両親はドイツ人で、父親のユリウスはヨークシャーの羊毛産業で成功した実業家であった。14人兄弟の4番目として生まれたフレデリックは、音楽好きの家庭で育ち、12歳までにはヴァイオリンとピアノの演奏に才能を示していたが、ユリウスは音楽家の道に強く反対し、家業を継ぐことを望んだ。

1874年から1878年までブラッドフォードのグラマースクールで勉強し、ロンドンのインターナショナル・カレッジで2年間を過ごした後、父親の仕事の見習いをするが肌に合わず、オレンジの栽培をしたいと父を説得し、海を越えてアメリカ合衆国へ渡った。フロリダに到着した後はピアノを購入し、ジャクソンヴィルのオルガン奏者トーマス・ワードに音楽理論を学んだ。黒人労働者の歌曲にも触れ、1886年から1887年に『フロリダ組曲』を書き下ろした彼は、その後、バージニア州のダンヴィルへ赴き音楽を教えていた。

父親のユリウスは、ようやく息子の希望に応え、1886年(24歳)から1888年(26歳)までライプツィヒ音楽院で学ばせた。その後パリに行き、1888年以降はフランスに定住し、他国に住むことはなかった。

この頃からオペラの作曲を始めるが、自らの作品を聞く機会に恵まれたのは1897年、オスロでの “Folkeraadet” の為の付随音楽を作曲し、その公演に行った時のことである。その後間もなく、ドイツで管弦楽作品『丘を越えて遥かに』の演奏が行われ、好評を博した。1899年には彼の作品のみの演奏会がロンドンで開かれたが、評価は賛否両論であった。

1896年、34歳の時にパリで画家のジェルカ・ローセンに出会い、1903年に41歳で彼女と結婚する。その頃から英国式にフレデリックと名乗るようになった。

1910年に梅毒の第3期と診断される。1921年には全身麻痺に見舞われ、1922年にはついに失明、筆記者としてエリック・フェンビー(Eric Fenby, 1906 - 1997)を雇用し、苦労の末『夏の歌』、『イルメリン』などを作曲した。

その後、梅毒による脊髄瘻に苦しんだ末に1934年6月10日に死亡したが、その1年後(1935年5月28日)妻が亡くなった。夫妻はロンドンから約30Km南に位置する Limpsfield に埋葬されている。

ディーリアスの作品
ディーリアスは、交響曲と宗教曲を除くすべてのジャンルを作曲しているが、一般的によく知られているのは自由な形式の管弦楽曲である(ただしイギリス国内ではいくつかの大作の合唱曲も親しまれている)。中でも有名なのは、「春初めてのカッコウの声を聴いて」、「ブリッグの定期市」、「楽園への道」などであろう。このうち「楽園への道」は、厳密に言えば歌劇『村のロメオとジュリエット』の間奏曲を、指揮者トマス・ビーチャムが編曲したものである。その他のジャンルの器楽曲は、上演や録音に恵まれていない。

ディーリアスは、出身地であるイギリスにおいて特に高い評価を得ているが、それは指揮者トーマス・ビーチャムに依るところが大きいと考えられている。ビーチャムはディーリアスの作品を率先して評価し、演奏に取り上げており、1961年に亡くなるまでその姿勢を変えることはなかった。

交響曲・協奏的作品
チェロ協奏曲以外は殆ど演奏されない。

ヴァイオリンと管弦楽のための『組曲』(1888年)
ヴァイオリンと管弦楽のための『伝説』(Légende, 1895年)
ピアノ協奏曲ハ短調(初稿=1897年/決定稿=1907年)
ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲(1915年 - 1916年)
ヴァイオリン協奏曲(1916年)
チェロ協奏曲(1921年)

演奏会用序曲
幻想的序曲『丘を越えて遥かに』(1895~1897年)
まっち棒 きたみ ショートス バルト デンバー トスタチン チップ はじめて ばんか カラー ニュー ラジウム アドミラル プロフィット ネリカ スレッド 恋草子 ラッカー プレミア コリック サーフス ケード アサイン サーチ大潮 リンガ メイリオ オブラー ソクラ コサック からし菜 パラリ ゲバ上位 ヌーデン セルフレジ 草枕 トング 夢の果て ホソル びわ検 ひつじの涙 チャイ ナッツ パー 対策リマ ブラボ タイム ラングーン メキシコ ハクサンイ かいらん

管弦楽曲
管弦楽組曲『フロリダ』(Suite "Florida", 1886~87年)
イプセンによる交響詩『頂にて』(Paa Viderne (Sur les cimes), 初稿=1888年, 第2稿=1890年~1892年)
夜想曲『パリ』(管弦楽曲)(Paris: The Song of a Great City, 1898年)
古い黒人奴隷の歌による変奏曲『アパラチア』(合唱つき)(Appalachia: Variations on an old slave song, 1902年)
イギリス狂詩曲『ブリッグの定期市』(Brigg Fair, 1907年)
交響詩『生命の踊り』(Lebenstanz, 1908年ごろ。初稿の名は「輪舞は続く La ronde se déroule」, 1899年)
幻想曲『夏の庭で』(In a summer garden, 1908年)
高い丘の歌(ヴォカリーズの合唱つき)(The Song of the High Hills, 1911年)
小オーケストラのための2つの小品 (2 Pieces for small orchestra)
春初めてのカッコウの声を聴いて (On hearing the first cuckoo in spring, 1911年 - 1912年)
川面の夏の夜 (Summer night on the river, 1911年 - 1912年)
楽園への道 (The walk to the paradise garden, 1911年 - 1912年)
(管弦楽組曲)『北国のスケッチ』(North Country Sketches, 1913年 - 1914年)
音詩『おとぎ話(昔ある時)』(Eventyr)
夏の歌 (A Song of Summer, 1931年)

室内楽曲・独奏曲
弦楽四重奏曲(未完成、1888年、散逸?)
ヴァイオリンとピアノの為のロマンス(1889年)
ヴァイオリンとピアノの為のソナタ ロ長調(1892年)
弦楽四重奏曲(1893年、散逸?)
チェロとピアノの為のロマンス(1896年)
ヴァイオリンとピアノの為のソナタ第1番(1914年)
チェロとピアノの為のソナタ(1916年)
弦楽四重奏曲ト長調(1916年):一般的に「ディーリアスの弦楽四重奏」として知られる成熟期の作品。
ヴァイオリンとピアノの為のソナタ第2番(1923年)
ヴァイオリンとピアノの為のソナタ第3番(1930年)
ハープシコードのためのダンス イ短調(1919)

劇付随音楽
ハッサン (Hassan, 1920年 - 1923年)

歌劇
イルメリン (Irmelin, 1890年 - 1892年)
魔法の泉 (The magic fountain, 1894年 - 1895年)
コアンガ (Koanga, 1895年 - 1897年)
村のロメオとジュリエット (Romeo und Julia auf dem Dorfe, 1901年)
フェニモアとゲルダ (Fennimore and Gerda, 1911年)

声楽曲(歌曲・合唱曲など)
シャクンタラ (テノール独唱と管弦楽)(Sakuntara, 1889年)
モード(テノール独唱と管弦楽)(Maud, 1891年)
海流 (バリトン、合唱、管弦楽)(Sea Drift, 1903年 - 1904年)
人生のミサ (4人の独唱、合唱、管弦楽)(Eine Messe des Lebens, 1904年 - 1905年)
日没の歌 (2人の独唱、合唱、管弦楽)(Songs of Sunset, 1906年 - 1907年)
アラベスク (Arabesk, 1911年)
レクイエム (1913年 - 1914年)

伝記
ディーリアスの晩年に筆記を務めたエリック・フェンビーが後にディーリアスについての著書を出版している。

Delius as I Knew Him (1936, G. Bell & Sons Ltd, Revised in 1981, ISBN 978-1406762327 (2007 ed.))
Delius (The Great composers) (1971, London: Faber and Faber, ISBN 978-0690234954 )
また、イギリスの映画監督ケン・ラッセルによって、フェンビーの書をもとにしたテレビ映画『ソング・オブ・サマー』が制作されている。

2009年01月18日

TOMIX(トミックス)

TOMIX(トミックス)は、トミーテックが展開する日本の鉄道模型のブランドの一つ。

2001年10月に事業主体が玩具メーカートミー本体から完全子会社トミーテックへ一本化された。模型店ルート以外に、一般的な玩具店や量販店でも扱いがあるのが大きな特徴。

日本でのNゲージ販売を模索していたトミーは1974年にトミーナインスケールブランドで製品を販売した。ED75形電気機関車(注・現行のものは1987年発売の国産製品)と2軸貨車をはじめとして発売された製品は米国バックマン社製品をOEMする香港ケーダー社の製造で、日本形製品はまだわずかだった。DD13形ディーゼル機関車やKSKタイプCタンクのほか製品はアメリカ型で、バックマン製の小形スイッチャーはCタイプディーゼルとして日本風にアレンジして発売された。いっぽう1974年、模型運転に必要な線路と車両、パワーユニットをまとめた「基本セット」を発売しNゲージの普及を試みた。

1976年にトミーは本格的にNゲージ総合メーカーを目指すこととしブランド名をTOMIXに改め、海外への生産依存の姿勢を脱して製品を国産化することとした。また、関連製品を含めて鉄道模型システムを構築しているドイツの鉄道模型システムの要素を取り入れ、1977年からNゲージ道床付線路システムを発売し、レールシステムと組み合わせるストラクチャーと制御機器を発売した。

1977年に発売されたトミー初のHOゲージ車両国鉄EF58形電気機関車、国鉄12系客車は一度の製造にとどまった。1995年の国鉄10系客車を最初としてトミックスはHOゲージ完成品車両の製造を本格的に開始した。

商品展開
基本的にブランド制定当初から一貫して、Nゲージ鉄道模型のシステム化に力を入れてきた。ダブルスリップポイント、サウンドパワーユニット、電動ターンテーブル、レイアウトボードなど、レール・ストラクチャー・レイアウト用品など関連商品も積極的に展開している。
シャンツェ こせん スーフィ フォーミュ 枯葉の輪舞 ペーンイウ ハヤシライ テラー ミズナラ コード ナウル コメン すぎな 全国情報 黒皮かぼち バイオス 黄金魂 フィーン ハング 明日へ ダッカ がんばれ ダッキ ダーティ 首飾り ヌメア オンシー オーオー シンク フライシト ボヨール アングル モサド フローリス カーフス ハラン フラット りーすりん マテリア 八千代 えびす ストーン シイ人気 ゆうすい ジェション 優しい雨 ソフト ブロック アルジェ ウジュン


車両
TOMIXの傾向として、同一形式の色違いが豊富である。国鉄車両の広範なグループの地域カラーや派生形式を製品化している。単なる色違い商品でしかないと見方もあるが、近年の製品では車体部品の共用を行わず、細部の違いを再現するために専用の金型を製作している。地方ごとに特色のあるデザインが登場するなか地元の列車が再現され、115系を例に取ると、湘南色、スカ色、長野色、信州色、旧新潟色、新潟色、新新潟色、広島色、身延色、福知山線タイプ(限定品)などのバリエーションがある。販売戦略として、1970年代以降の国鉄黄金時代の車両を中心に据えて、塗装変更車などのバリエーション展開が積極的だが、1960年代以前の車種や蒸気機関車、新幹線を除くJR型車両、特に優等列車ラインナップに関してはそれほど積極的ではない。

製品化の傾向としては、新車登場間もない段階で製品化しているが、結果的に、実車では初期車の少数グループとなってしまう傾向にあり、また仕様追加された増備車両への対応がなされないこともある(例:253系、E217系など)。最近ではセット販売が主体で単品は一部の増結用のみとなっているが、最近の車両セットは3両セットを基本にしており、「ベーシックセット」と呼ばれるレール・制御機器とのセットと、車両セットを自由に組み合わせることが可能である。

2005年にはキハ187形の前面にカメラを搭載した「TCS車載カメラ搭載セット(キハ187形)」が発売され、車両からの展望映像を特殊な改造なしで簡単に見られるようになった。

既存製品207系1000番台の再生産スケジュールが予定されていた矢先に福知山線脱線事故が発生したため自粛、生産凍結された。(モーターなどの交換用パーツ類は他の車両と共通で使用されるものもあるため生産されている)。後継の321系がモデル化した後、凍結期間を経て新塗色車が生産されることとなっている。

車両の精密さや、下記掲載のハイグレード製品もあって、関水金属(KATO)やマイクロエースと並び好評である。